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ドキュメンタリー(とドラマ)『Nureyev』

JUGEMテーマ:映画

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20世紀有数の男性ダンサーで大スター、ルドルフ・ヌレエフ(Рудольф Хаметович Нуреев、1938 - 1993)のドキュメンタリー映画。

Directors: David Morris, Jacqui Morris
Writers: David Morris, Jacqueline Morris

Russell Maliphant  ...    choreography

走行中のシベリア鉄道の列車内で誕生し、田舎からレニングラードに出てワガノワ・キーロフバレエ学院に学ぶ。1961年に西側に亡命、ダンサーとして世界で活躍、80年代はパリ・オペラ座芸術監督、AIDSで54歳で死去。というドラマチックな生涯を映像やインタビュー、知人の証言などで綴り、ドラマ・パートはラッセル・マリファントの振付でダンスで表現される。

アメリカでのファンの興奮ぶりなど、ロックスター並みの人気だったことが理解できた。彼は民族的にはロシア人でなくタタール系だそうで、初めて知った。気性は激しそう。お父さんは軍人で、息子が踊りたいというと「バレエだとお?」とぶん殴ったとか。でも踊るべき人はやはり踊らざるを得ないんですね。

ロイヤル・バレエでのマーゴ・フォンテーンとのパートナーシップは有名。今見ると、マーゴの方はエレガントなんだけど最近のアスレチックなバレリーナたちに比べ、テクニック的に最高とは感じないような。でもヌレエフはテクニックもスピードも魅力もすごいのがわかる。ソ連は彼に逃げられて損した。「その手があったか」と彼に続いたダンサーなど芸術家も多かったし。

一人亡命すると、その家族、友人たちへの影響は計りしれない。お父さんはたぶん軍人としてのキャリアは終わったのじゃないか。アカデミックな友人たちも大学にいられなくなり、苦労した。そういうことを考えて思いとどまる人もいたわけだが、やっぱり止められない人もいる。

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マリファントの振付けたバレエ場面が、彼独特のくるくる流れるように回る動きが美しく、きれいだった。こんな場面と別の映像が次々に切り替わって忙しく、やや疲れるが、一生動き回ったヌレエフにふさわしいのかも。

ゴルバチョフの時代になってやっと里帰りできた彼が、最初に地元でバレエを手ほどきしてくれた先生に会ったシーン、100歳を越えるお婆さんになった先生はヌレエフを覚えていて、「Мой мальчик!」(My boy!)と歓迎していた。間に合って良かったな。それが1987年。彼本人の死まで6年しかなかった。すごい速さで踊りきった人生だ。

ところで10月1日の「世界バレエ・ディ」でボリショイの部を見ていたら、ヌレエフを描いた新しい(去年の暮れが初演)バレエをリハーサルしていて、ヌレエフがパリのブーローニュの森で女装のお兄さんたちにとり囲まれる(そして嬉しそう?)なシーンや、恋人でデンマーク人ダンサーのエリック・ブルーンとのパ・ド・ドゥなどを見られた。すんばらしい、さすがボリショイ。見たいわ。

ボリショイでなく、このドキュメンタリーのトレイラー:

 

 

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| ろき | 映画 | comments(4) | - |
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Comments:
Lokiさん、おひさしぶりです。

リンクされていたトレイラー拝見しました。
あらためて、なんという筋肉だろう、と驚きました。
美しい野生の馬のような。脂肪のまったくない、太い筋肉。…と思って検索したら、彼にちなんで名付けられたヌレイエフという競走馬(記録的長寿馬だとか)までいるんですね。ナットクです。

小学生の頃から民族舞踊などやっていたということですから、その頃から筋肉は鍛えられていたのかもしれませんね。

そして、ワガノワの学院に入ったのは、17歳の時だったなんて。そんな年齢でも才能があれば、入れてもらえるとは、知りませんでした。
だって、選抜された幼い子供たちが虐待かと思えるようなトレーニングを受けている様子を記録した学院の映像が、YouTubeにたくさんアップしてありますから。

それにしても。
ほんの54歳で亡くなっていたとは。
(無駄に年を取った自分と引き比べて、不遜にもそんなことを思ってしまいます。)
いくつで亡くなったとしても、歴史に名を残す人は残すんだな、と思いました。
神に選ばれた人、というべきか。
* みか * 2018/10/12 11:00 PM
みかさん、お元気ですか?
本当〜に美しい筋肉ですね。競走馬の名にふさわしいかも。ツキノワグマやミーアキャットにはあまり似合わない(笑)。

ワガノワ編入もなにげにすごいですよね。地元の先生が変なクセをつけずに教えていたのでしょう。
リハーサル風景を見ても、ロイヤルだとまず誉め、ジョークを交えながらダンサーと話し合って進めてますが、ボリショイはガンガン駄目出し、厳しくてちょっと怖い。ロシア式はそういう文化なのかな。

享年54歳、踊りきってわりと満足な一生だったのでは、と想像しますが、本人の気持ちはわからないですね。
>神に選ばれた人
そうですよね、別次元。
* Loki * 2018/10/13 12:12 AM
ヌレエフはタタール系だったのですね。
タタール人というと、強靭な肉体と言うイメージですね。

自由に踊りたかったのですね。
ヌレエフの亡命で犠牲になった人もいたでしょうが
お父さんもきっとわかってくれたよ。
ソ連にいたままだと、ヌレエフはきっとつぶれていたでしょう。

本物を見てみたかったですね。
* はむはは * 2018/10/13 1:34 AM
はむははさん、タタール人やたら強そうですよね。
秋田犬マサルの飼い主のザギトワさんもですね。

バレエ学校でも「彼を扱える先生」はひとりしかいなかったそうで。ソ連のバレエ界には到底納まれないですよね、仕方ありません。

リアルタイムで見た人が羨ましいです。
* Loki * 2018/10/13 6:48 AM
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