カーリン・アルヴテーゲン「Missing」(Saknad)

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「トランプ大統領を国賓としてイギリスに招くのを阻止しよう」署名運動は130万人を突破、参加してメールが友達から回ってきたけど、わたしの署名は有効なのかしらん。女王様の臣民じゃないけど。

Missing
Missing

図書館から電子書籍で借り、ロンドン往復の電車の中で読んだ。スウェーデンのミステリ作家カーリン・アルヴテーゲン(Karin Alvtegen、1965〜)、2000年の作品。原題『Saknad』の英訳「Missing」。ちなみに邦題は「喪失」で、ロシア語題は「Утрата」。自分が失踪する意味と、何かを失うと両方の意味があるんですね。2000年度ベスト北欧推理小説賞の受賞作。

ヒロインは32歳のホームレス女性シビラ。裕福な家に生まれながら、もう15年くらい家のない生活をしている。たまにはいいベッドで寝たい、と高級ホテルのレストランで会ったビジネスマンにうまいこと食事をおごらせ、部屋まで取ってもらい、でも彼の部屋に行ったりはせずに風呂に入ってぐっすり寝た。ラッキー。

ところがそれが不幸の始まり。なんとそのビジネスマンが翌朝死体で発見されたのだ。シビラは容疑者になってしまう。しかもすぐに第二の殺人が起こり、同じように内臓をえぐられている。事件は連続猟奇殺人の様相を呈してきた。

「何か食べること」と「寝場所の確保」だけ考えて日々生きのびてきたが、それに「逮捕されないようにすること」も加わる。ホームレス仲間は残念ながら一番信用できない。どうする?

孤立無援で追い詰められていく現在の彼女と、そもそもなぜホームレスになってしまったかの過去が交互に書かれる。シビラは地方都市の社長の一人娘、クラスメートの親はほとんどが彼女のお父さんに雇われている。なのに友達がいないばかりか、からかいの対象になっている。支配的なお母さんとうまくいかず、自尊心がまるでないのが原因かもしれない。上流階級出身のお母さんは理想の娘に育たないシビラに、無意識かもしれないが、毎日毎日、罪悪感を植えつけていた。

スウェーデンでホームレスっていうのがまず過酷だ。寒い。そうなった事情がネックとなって、身分を明かせず逃げるしかないが、本名は早々に警察に見つかり、全国に指名手配されてしまう。

「ミステリじゃないじゃん」というレビューもあるとおり、真相はヒロインより2歩くらい先に読者は気づく。被害者の共通点、怪しい人物も、少し手前でわかる。

「あー、そいつが危ないのに」と思ったりしつつ読むというスリラー。小説の利点で、ヒロインの心理がくわしく描かれるので同情するし、いっしょに腹もすく(笑)。

助けは思いがけない方向から来て、最後は明るい結末でよかった。冤罪が晴れずに捕まって有罪判決、なんて話になる前に作者がなんとかするだろうとは思うけれど、やはりラストまでハラハラする。

北欧の犯罪ものは初めて読んだ。気温の低さが肌に合う感じで、彼女の別の作品も読みたくなった。そうそう、アルヴテーゲンの大叔母さんは「長くつ下のピッピ」を書いたアストリッド・リンドグレーンだそうですね。かなり分野が違いますが。

邦訳:

喪失
喪失

 

 

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本2冊、ポアロと歴史もの

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読書の覚え書き。ポアロはちょっとしばらく休むことにして、当面の最後の1冊は:

Lord Edgware Dies (Poirot) (Hercule Poirot Series)
Lord Edgware Dies (Poirot) (Hercule Poirot Series)

『Lord Edgware Dies』(邦題:エッジウェア卿の死)、1933年作。

美貌の元人気女優ジェーン・ウィルキンスンはエッジウェア卿の妻の座におさまっていたが、離婚したくなる。もちろん別のリッチな貴族と結婚するため。夫が離婚に応じないというので、畑違いなポアロに交渉を頼んでくる。気まぐれで引き受けたポアロがエッジウェア卿を訪ねると、

「いや、わたしは離婚に応じる手紙をずいぶん前に出しましたよ」という意外な返事。

でもジェーンは手紙を受けとっていないという。どこ行った?

その後、卿が何者かに殺害される。使用人が、ジェーンが夜に訪ねて来たと主張するのだが、彼女は友人のディナーパーティに出ていてアリバイがある。エッジウェアの屋敷を訪ねたのはいったい誰?――というのは早めに、物まねの上手い女性芸人の変装かも、とわかってくるのだが、彼女には動機がない。

さらに、金に困っていたエッジウェア卿の甥や、父親を怖れていたらしい、卿のひきこもり気味の娘や、ジェーンと恋愛関係だった俳優など、怪しい人がいろいろ。

これも最後は真犯人に驚かされるが、もっと驚くのが、犯人が刑務所からポアロに送りつけた手紙。良心がない人の見本のような、軽く明るくゾーッとする内容。サイコパスなどの精神病質が今ほど一般に知られていない時代に、やっぱりクリスティはすごいと思った。

 

次は、珍しく重厚な歴史小説を読んだ。TVのプレゼンターで作家、政治家でもあるメルヴィン・ブラッグの『Now is the Time』(2015年)。

Now is the Time (English Edition)
Now is the Time (English Edition)

1381年のイングランド、国王リチャード2世はまだ14歳。百年戦争がだらだら続いて財政難に陥った国が、人頭税を導入すると、貧乏人に過酷な税制に反発した庶民が反乱を起こす。このPeasants' Revolt(農民の反乱、またはワット・タイラーの乱)を、王侯貴族の側からと反乱軍の側から、人物を掘り下げて描いている。

ワット(=ウォルター)・タイラーは、リチャード2世の父でめっぽう強かったエドワード黒太子に仕えてフランスと闘ったこともあり、忠誠心がある。若い王は悪くない、周囲が腐敗しているのだ、と信じ、王を救おうという気持ちがあった。

乱の精神的指導者ともいえる牧師のジョン・ボールはラディカルに人間の平等を説き、タイラーと協力して民衆を指導する。

ペストが流行して人口が激減していた時期でもあり、やっと生き残ったと思ったらもっと働け、税金よこせ、と言われて怒り心頭に発した庶民の軍団は、かなりの数の女性メンバーまで含めて膨れ上がり、ついにロンドンに入城した。タイラーは少年王にじきじきに会いたいと要求、かなえられる。

リチャード2世は側近らの指導も受け、いったんはタイラーの要求を呑むと約束するが、その約束はあっさり破られる。

やはり、(わたしたちの階級は平民を支配するために生まれた)と信じるジョーン・オブ・ケントの息子だった。

リチャード2世は後年、シェイクスピア劇でも描かれたとおり、王位から追われて非業の最後を遂げるが、まあそれも仕方ないか、こんなひどいことしたんだから、と思うような、凄い弾圧を反乱者たちに加える。十代の男の子ですからね、止まらなくなったのかも。

ブラッグが15年くらいかけて書いたという、それぞれの人物の心理が緻密に分析され、乱の進行がよくわかり、歴史の動きが見えてくるような力作。

あまりに貧富の差が開いて不公平になりすぎると、どんな社会も不安定になる要素はできる。この14世紀の「乱」は革命となる力はなかったが、最盛期には相当なパワーがあったのだ。

ちなみにイギリスではこの後、人頭税はなりをひそめ、20世紀になってサッチャー首相が再導入、やっぱり凄い反発と騒ぎが起こって、早々に廃止されたそうだ。

 

 

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ポアロもの2冊『After the Funeral』、『Peril at End House』

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221216-1

(先月の霜の写真が今ごろ役に立つ)

メリークリスマス、みなさん楽しくお過ごしください。

わたしはバイトで充実しております・・・。

ルーティンと化している寝る前のポアロ・シリーズ、図書館の棚にあるのをランダムに借りている。また新しいものに入ったので、忘れる前に、前の2冊の覚え書き。

Poirot: After the Funeral
Poirot: After the Funeral

『After the Funeral』、邦題は「葬儀を終えて」。1953年、ポアロものの25作目。

アバネシー家の当主リチャードが病死。健康とは言えなかったにしろ、急な死だった。葬式が終わって親族での会食の席、リチャードの妹で昔から空気の読めないコーラが、

「でもリチャード、殺されたのよねえ」と爆弾発言。みんなびっくりして固まってしまう。

帰宅したコーラは翌日、さっそく殺害された。ポアロが招かれて事件を捜査する。

大金持ちの当主の遺産を親族全員が平等に相続するしくみで、人数が減れば取り分も増えるという状況。リチャードのきょうだい、若い甥・姪の世代まで、アヤシイと思えば全員が怪しい。しかし犯人は意外なものが目的だった。

名家なのに妹も姪も、結婚相手に選んだ男性たちが格下というか、財産もなく稼げない。世の中うまくできているともいえる。

Poirot: Peril at End House
Poirot: Peril at End House

『Peril at End House』、邦題「邪悪の家」、1932年、ポアロもの6作目。

休暇中のポアロたちが、エンドハウスという海辺のお屋敷を相続したお嬢様のニックと出会う。”現代っ子”(当時)の陽気なニックだが、近頃変な事故に遭いかけることが続いていると話す。さらにポアロは彼女の帽子のつばに銃弾で開いたと思われる穴を発見。

「エンドハウスに大して価値もなし、わたしが命を狙われるなんてありえない」というニックを説き伏せて警戒するのだが、さらなる事件が次々に起こる・・・。

自分がついていながら裏をかかれてしまったと、珍しくポアロが焦る。

これも犯人は予想つきませんでしたねー。

ぼさっとしてないで、ちゃんと考えながら読んだらどうだろうかと自分でも思うが、必死に考えて読んでやっぱり外れると無駄骨だ(言い訳)。

それにしても、クリスティはとっくにポアロにうんざりしていたのに出版社の要請で仕方なく書いていた、などと言われるこのシリーズ、読んでいる分にはそんな感じは特に見えず、相変わらず面白く読める。さすがプロ。プロットよりはセッティングや人物描写、背景を楽しむことができる。

2作とも、最も警戒しない人物が実は!というトリックにすっかり騙されます。

この後ロシア語ボイスオーバーでドラマがアップされていないか探して動画を見るのも楽しい。先日の『Taken at the Flood』も、脳内配役と全然違う人たちの演技だが、よかった。デヴィッド・ハンター役はエリオット・コーワンで来たか。なかなか素敵でした。

 

 

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アレクサンダー・マスターズ『Stuart: A Life Backwards』

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Stuart: A Life Backwards
Stuart: A Life Backwards

ケンブリッジ文学祭、冬の回は時間がなくて行けなかった。この人の話を聞きに行こうと思ってたんですが、最新作でなく、デビュ―作をようやく読み終えたところでは遅すぎ。

『Stuart: A Life Backwards』2006年の作品。ご近所ケンブリッジを舞台に、ホームレスを描いたノンフィクション。

チャリティでホームレスを助ける仕事をしていたアレクサンダーは、そのチャリティの主催者が当局に不当に逮捕されたことへの抗議活動に参加する。施設で麻薬取引をしていた者がいるのを知っていたはず、という容疑だが、それは事実に反していた。地元でもロンドンでも活動しながら、抗議に参加したホームレスのひとり、スチュアートと知り合う。

スチュアートは少年のころから家出を繰り返し、盗みや暴力で事件を起こし、アル中、境界性人格障害もあるっぽい長年の路上生活者。中流の、両親が作家というインテリ家庭出身の、自分でもケンブリッジを含む大学を2つ出ているアレクサンダーが、スチュアートのことを書こうと思う。

「普通にやっても面白くねえから、さかさまに書けよ」と本人に言われて、30代前半の現在からだんだん若くなる彼を書いていく。

ホームレスを分類すると、(1)まともな人生を途中で踏み外した人。失業や離婚で自棄になったとか。きっかけをつかめば立ち直りやすい。(2)アル中ヤク中。その病気を何とかすれば、立ち直る可能性がある。

しかし(3)の、スチュアートもそのひとりの、カオスな人。これは難しい。路上生活が身について、たとえ寝る部屋を与えても、気に入らないとふらっと出て行ってしまう。まともに働いたことがなく、どこでも軌道を外れる。

「なぜなんだ?」とアレクサンダーはスチュアートにつき合い、話を聞き、彼の人生を知ろうとする。

「なぜホームレスをしてるの」とか「なぜまともな仕事探さないの」とか、素直に直接的に聞く。この率直さが、スチュアートに信用されたのだろう。二人の間に友情も芽生える。

とはいえ、さっきまで機嫌よかったのに突然キレてどなりだしたりするスチュアートだ。

その原因はやはり悲惨な子供時代にあった。

だんだん過去にさかのぼるにしたがって、どうしてだれも救ってやれなかったのかと目を覆いたくなるような少年の人生が明らかになる。これでは人間や世間を信じられないのは仕方ないし、第一脳が壊れそう。

中流の知的な環境で育ったアレクサンダーが全くの別世界を垣間見るのといっしょに、読者は2つの世界の間にある溝の深さを知る。

都市部にはたくさんいるホームレス、あまりお話したりすることはありませんが。たまーにコーヒーおごるかな。ひとりひとり事情や人生が違って、寝場所を与えれば”解決”できるというような問題ではないですね。社会の闇の部分に関わっている。

読んで楽しくはないが、読んで良かったと思える力作。これが処女作のマスターズ、立派な作家です。

 

2007年のBBCドラマになっている。アレクサンダーがベネディクト・カンバーバッチ。スチュアートのトム・ハーディが絶賛された作品。見たいが、悲惨なところはあまり見たくない。

 

和訳もあった。すごいタイトルだ・・・。

崩壊ホームレスある崖っぷちの人生
崩壊ホームレスある崖っぷちの人生

 

 

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ポアロ・シリーズ3冊

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131116-1

川沿いを散歩していたら、若い白鳥がいた。カメラ目線(笑)。

寝る前にちょっとずつ読むアガサ・クリスティも3冊読破して、そろそろ忘れそうなので覚え書き。すべてポアロものです。ミス・マープルものには食指が動かないのは何故かな。

(1)

Poirot's Early Cases
Poirot's Early Cases

短編集「ポアロ初期の事件簿」。ポアロがイギリスに来て探偵としての評判を上げつつあった頃の事件18編をおさめる。お金持ち階級のパーティでの殺人、田舎の列車で起こった盗難、深夜にアパートに帰宅した若者たちが遭遇した死体、などなど、短いながらひねったトリックで楽しめる、チョコレートの詰め合わせのような1冊(実際に『The Chocolate Box』というタイトルの1編もあり)。邦訳はない模様。

(2)

Taken at the Flood (Poirot)

『Taken at the Flood』

大富豪のゴードン・クロードは気前よく親戚一同の経済面の面倒を見ていて、みんなが彼の援助でお金の心配をせずに暮らしていた。ところが突然、ゴードンは外国で若い娘と結婚。しかもイギリスに帰国した直後、ロンドンの空襲で死んでしまう。若妻は生き残り、彼の財産をすべて相続することに。

たちまち困窮する親戚たち。未亡人のロザリーンは大人しい美人だが、彼女には兄のデヴィッドがついている。なんだかガラの悪いデヴィッド。本当に兄なのか?

そこに殺人が起こり、親戚のひとりに呼ばれていたポアロが捜査に乗り出す。

敗戦国ほどではなくとも、第二次大戦中と直後の混乱の様子が感じられる。

ゴードンの姪のリンは農場経営するいとこのローリーと婚約していたが、女性ながら外国の戦場に近い現場で働いたことで、田舎にとどまっていた平和なローリーがあきたらなくなる。危なそうなデヴィッドに惹かれる。

ローリーは脳内で勝手にジェームズ・ノートンが演じてくれた。

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で、危ないデヴィッドはエイダン・ターナーにすると、結末も含めてぴったりである。

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リンの出した結論とその理由が、納得できるようなできないような。

(3)

次の『The Murder on the Links』はポアロものの2冊め、1923年の初期作品。邦題は「ゴルフ場殺人事件」。

 

Poirot - the Murder on the LinksPoirot - the Murder on the Links

フランスの富豪ルノー氏から「至急来てもらいたい」と手紙を受けとったポアロが到着したときには、ルノーはすでに殺されていた。南米人と思われる2人組の男が押し入って奥さんを縛り上げ、旦那さんだけ外に連れ出して殺害したという。一人息子のジャックは父の用事で南米に向かう途中で不在だった。

が、ルノーは実は息子のコートを着て殺されていた。しかもその後、まったく同じナイフで殺されたホームレスっぽい男が発見される。

初期の作品のせいか、いろいろ盛り込まれて紆余曲折がある。何より語り手のへースティングス大尉が、ちょっといわくありげな女性に惚れてしまい、頭に血が上ってポアロの捜査の邪魔をしたりするのが面白かった。そうかへースティングスも若かったのね。そちらがハッピーエンドになるかも興味深くて、楽しく読める。

忙しい時期、寝る前に頭を休めるのにポアロはぴったりで、つい図書館で未読のものを探してしまう。頭を使わなすぎて、ちっともトリックが分からないのだった。

 

『Taken at the Flood』の邦題は「満潮に乗って」。

満潮に乗って (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

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M・フェイバー 『Undying: A Love Story』

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Undying: A Love Story
Undying: A Love Story

 

7月の発売日にすぐKindleにダウンロードして読んだ。紙の本換算で145ページの詩集だが、内容は重みがある。

「アンダー・ザ・スキン」など長・短編の秀作で知られる小説家のミッシェル・フェイバー、愛妻をがんで亡くしていたんですね。非常にやっかいな多発性骨髄腫との6年間の闘いに破れる。まだ50代だった。

それまでフェイバーは詩はごくまれにしか書かず、このペースだと詩集としてまとめるには90代まで生きなくてはね、と冗談をいっていたほどだったのに、彼女の死の近くから、言葉が出て来て自然に詩になり、数十編ができたのだそうだ。

おおまかに時間の流れに沿って、彼女の闘病、がんとの生活、悪化と最期、死後まで進んで行く。それに、がん宣告以前のエピソードも混じる。

まさか相手ががんで亡くなるとは知らず、つまらないことで喧嘩していたときのことを懐かしがったり。

『Change Of Life』では、物をためこみがちな妻のエヴァさんが少なくとも200個の生理用ナプキンを蓄えていた話で思わず泣き笑い。52歳でそれは、野心的だ。でも53歳から化学的治療が始まり、使われることはなくなってしまった。

日常生活にだんだん医学用語が忍びこみ、増殖してくるのがひんやりと恐ろしい。

『Remission』は一時的に少し良くなったときのこと、タイ料理店で食事する。

lymphocytes(リンパ球)が1.4だったから魚料理を注文、neutrophils(血中好中球かな)が3だったのを祝ってジャスミンティー。

その寛解も長くは続かなかった。

看護師もしていたことのあるフェイバーの、細部に行き届いた愛情に満ちている。

人間が生きながら自分の手足をもがれるときの苦痛の表現でもある。書かずには正気を保てなかったのだろうと想像する。

『You Were Ugly』は印象的。「死の間際にはやっぱりあれだよね、みにくかったよね。治療の副作用で髪はなくなるし、むくんで、太って。お互いいわなかったけど知っていた。でも今、葬式用の写真を選んでいると、きみがどんなに美しかったかを思い出す」という詩で、最後の3行が:

You were ugly.

But not now.

Not now.

「今は違う」と二度繰り返しているところが泣ける。

正直で率直、地道で崇高な愛の詩だ。本人は

「こんな詩を書けなくていいから妻が生きていてくれた方がよかった」といっている。

芸術の神は残酷なことをするものだ。

 

 

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リチャード・スキナー『The Mirror』
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The Mirror
The Mirror

Richard Skinnerは知らない作家、図書館の新着本コーナーで見つけた。初版は2014年、中編の『The Mirror』、『The Velvet Gentleman』が収められている。

裏表紙に、1編が1511年のヴェネツィアを舞台にしているとあったので手に取ってみたもの。先日展覧会を見たジョルジオーネが亡くなった翌年だ。
そうしたら本当に彼に関係があったのでちょっとびっくりした。本人ではなく、その弟子が登場するのが『The Mirror』。

ヴェネツィアの女子修道院で修業する見習いのオリーヴァは16歳。もうじき一人前の修道女となる儀式―キリストとの結婚式―を控え、緊張したり悩んだりしている。
地震のシーンから始まるのが何かの前兆のようだ。

修道院長の肖像が描かれることになり、画家が招かれる。ただし院長はいつも忙しいから、歳は違うが顔が似ているオリーヴァが代わりにモデルになることを命じられる。
亡くなったばかりのジョルジオーネの直弟子だったという画家、制作に必要だといって鏡を持参。修道院の一室でオリーヴァを描きはじめる。

修道院育ちで男性と口を聞く機会もほとんどないオリーヴァは、派手な服装の若い画家の前に座るのが気づまりだ。彼女の気持ちが読めるように、「もっと違う人生があるんじゃないの」みたいなことを言ってくる画家。

ほとんど子供といっていい見習い修道女の語る院内の生活が清貧で、読んでいると気分がいい。
ただ、教会の上の方からの締めつけが厳しかったり、女子修道院の立場の弱さもわかる。そこで修道女たちを守ろうとしている院長は立派な女性。しかし院内では人間関係の軋轢や、オリーヴァの親友オッタヴィアの駆け落ち脱走など、波風もけっこう立つ。

夜のお仕事をしていただろう母に赤ん坊のころ修道院に捨てられたオリーヴァは美貌だ。誘惑に負けずに修道女になれるかなあ、と思って読んでいたら、ラストは思わぬゴシックホラーな展開でびっくり。面白い。文章も美しくて、硬い宝石のように締まった中編。

次の 『The Velvet Gentleman』は舞台ががらっと変わる。
語り手はエリック・サティ(1866 - 1925)、そう、あの作曲家。しかも死んだ後。
気がついたら駅みたいなところにいる。
案内係り?のタカハシさんがやって来て、ここは次の段階へいく途中駅です、1週間かけて、来世に持って行きたい思い出をひとつ選んでください、と言う。

飛行機の手荷物より厳しい、思い出一個限定。
どれにするか。自分の生涯を思い起こしはじめるサティ。駅で同じように待っている人と話してみたり。

サティって1866年生まれだったんだ。(ビアトリクス・ポターさんと同年)
もっと後の時代のような気がしていた。「家具の音楽」とか「ヴェクサシオン」とか、なんと斬新な。しかも59歳の若さで亡くなったんですね。

彼の作曲家としての道のり、ドビュッシーやラベル、ピカソなど芸術家たちとの交友が回想される。
サティの人となりは知らないので、語りが彼らしいのかはわからない。やや淡々としすぎて単調な感じがする。それが味わいなのかな。
さて彼はどの思い出を持って行こうと決めるのか。

この話の設定は是枝裕和監督の『ワンダフルライフ』(英題:After Life)のプロットをそのまま借りた、と作者が述べている。思い出の映画を作るところもいっしょ。
「まだ見ていない方、ぜひ見てください」だそうです。はい、そのうち。

リチャード・スキナーは詩やノンフィクションも書く作家で、フィクションはこの本の前にマタ・ハリを描いた『The Red Dancer』があるそうだ。


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エドマンド・ドゥ・ヴァールのトーク

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090416-1
Edmund de Waal

ケンブリッジ市の文学フェスティヴァルCambridge Literary Festivalが開催中。
最新作『The White Road』を予習済みのドゥ・ヴァールを聴きに行く。

小さな会場で地味にやるような気持ちで行ったら、とんでもない、一番広い学生組合の講堂。入場を待つ人の列も長い。
彼はケンブリッジ大学の卒業生だし、フィッツウィリアム博物館やケトルス・ヤードでの展覧会もあり、人気者ですよね考えてみたら。

背の高いやせ型のドゥ・ヴァール、飄々として現れ、学生時代に専攻した英文学の指導教授だった老婦人とステージへ。
昔の先生といっしょなのは、
「怖いです」と聴衆を笑わせたが、演壇でははっきりした声で、大学の講義のように明快に話した。アカデミックな人柄を感じた。

本の構成に沿って、白磁の歴史のキーとなる土地、景徳鎮、ドレスデン、プリマスその他を旅した体験を語る。
本の図表やそれ以外の数々の写真もスライドで写され、理解しやすい。

景徳鎮の壺移動係りの人、囲いも何もない台だけの文字通り「台車」にいくつも大きな壺を並べ、普通に移動している。神業。

マイセンの自称錬金術師ベトガーを不良青年ぽく描いた挿絵が笑えた。
「これ映画になるね」
ベドガ―を監督した数学者チルンハウスの方に入れ込んでいるようだった。やはり山師ではなく探究者・学者が好きなんだな。

嬉しかったのは景徳鎮の破片、マイセン初期の破片、プリマス(ウェッジウッドに破れた)初期の小皿などを会場内に回して触らせてくれたこと。手で触れると繊細さがわかる。

質疑応答でも活発に質問が出た。印象的だったのは、詩についてのかかわり。
ドゥ・ヴァールは詩が好きだが、理由のひとつが「余白が多いこと」。へえーやはり白いところが好きなんだ。
音楽も余韻があるのが好き、とのこと。徹底している。

どういう質問だったか忘れたが、
「磁器は装飾美術じゃないんです」という言葉が新鮮に響いた。
「飾りのためのマイナーなアートの一分野ではないんですよ。磁器は意味(meaning)であり情熱(passion)であり生きること(living)なんです」だそうだ。
ドゥ・ヴァールが言うから重みがある。

最後の質問は陶芸家の娘がいる女性が、娘さんの代理で聞いたもの、
「なぜ色を使わないんですか」
答えは「わたしは数百種類の釉を使ってますよ(=色は使っている)」
彼の白は純白じゃなく、ほんのり色がついている。その微妙な色合いが持ち味だ。

090416-2

本も面白いし磁器も美しい。本人も大変知的な人だった。手が大きいのに驚いた。わりと細面の小顔なので両手で顔が 全部覆えそう。そして指の部分が長いのだった。


↓ BBC2の番組『Artsnight』でドゥ・ヴァールがダッハウ収容所の「アラク磁器」を紹介しているので貼っておきます。30分のうち前半が彼で、その後別の話題となり、最後の方22分ごろから今度は音楽の話題でドゥ・ヴァールが締めくくっている。



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『異人たちとの夏』ロシア語訳
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270316-1

図書館にあったので借りてみた。山田太一の小説『異人たちとの夏』(1987)のロシア語訳。タイトルはそのまま「Лето с чужими」。

日本ではさっぱりドラマを見なかったので、この高名な脚本家の作品は初めて。ロシア語で読むことになろうとは。

テレビドラマの脚本家である原田は40代後半。最近妻子と別れ、都内のマンションに一人暮らし。多くの部屋が事務所として使われている中で実際に住んでいるのは彼と、若い勤め人のケイという女性くらい。その彼女と何となくつき合いはじめる。

それと前後して、生まれ育った浅草を久しぶりに訪ねた原田、12歳で死に別れた両親そっくりの夫婦と知りあう。事故で死んだ当時の、30代の両親だ。何度か夫婦のアパートを訪ね、ビールを飲み、寛ぐ。なんだか幸せ。
奥さんに苗字を聞いてみると、
「実の親に苗字を聞く人がどこにいるの」という返事。やっぱり親だったのか。

夢なのか幻覚か現実か?わからないが、自分より年下の両親の家が居心地良すぎ、行くのを止められない。幽霊でも、親なら怖くはないんですね。そんなものかも。

ところがある日、ケイが原田の顔を見るなりぎょっとする。
「いったいどうしたの?病気?」
原田はげっそりと痩せ、老化していたのだ。

150ページと短い中編。中年になって気が弱った男の体験した奇妙な夏の日を、コンパクトに切り取っている。
原田は両親に泣く泣く別れを告げるが、実は幽霊は彼らだけではなく!というラストのひねりもある。

50歳に手が届こうという男が子供に帰って、30代の”父”とキャッチボールをし、”母”の手作りアイスを食べる。最後は3人で豪華にすき焼きの外食。
子供の頃に別れた両親と、やってみたかったことなんだろう。しんみりします。

原田の友達が幽霊に対峙して「かっ、神様」と口ばしってから、
「おい、こいつの宗教知ってる?」と原田に聞くのが笑えた。キリスト教なら十字を切るとか?
会話が多くてわかりやすい。このくらいの本がもっとあるといいんだけど、 山田太一 の翻訳はこれ1冊しか出ていないようだ。


日本版の表紙がきれい。

異人たちとの夏 (新潮文庫)
異人たちとの夏 (新潮文庫)


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エドマンド・ドゥ・ヴァール『The White Road』
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The White Road: a pilgrimage of sorts
The White Road: a pilgrimage of sorts


磁器のインスタレーションで知られる陶芸家のEdmund de Waal(1964-)が、白磁の歴史を自ら歩いて綴ったノンフィクション。
4月にこの本についての彼のトークを聞きに行く予定。
ハードカバーで400ページないが、字がつまっていて、普通の小説の800ページ相当くらいになりそう。読むのに時間がかかった。

彼の作品 ↓
140316-1
A change in the weather, 2007

磁器が好きで毎日作り、とことん研究し、さらにルーツを知りたくて現地まで出かけてしまう。ケンブリッジ大学で英語専攻していたドゥ・ヴァールは、探究者タイプだ。

まずはもちろん中国、Jingdezhenへ。
磁器だから、たぶんあそこだよね。と確認しないまま読みつつ、数十ページいってからやっぱり調べた。
景徳鎮で合っていた。中国の地名・人名は英語で書かれるとお手上げ。

現地で今でも盛んな陶磁器の生産現場へ行き、人と会い、原材料の採れた山を見に行く。
イエズス会の宣教師ダントルコール(François Xavier d'Entrecolle、1664 –1741)が現地に住んで磁器製造法を書簡でヨーロッパに伝えたなど、知らないことばかり(というより知っていることがほとんどない)。

磁器は陶器よりもずっと高い温度で焼かなければならず、不可欠の原材料もある。ヨーロッパにはその知識がなく、中国から買うしかなかった。王侯貴族がこぞって貴重な輸入品を集め、白い金、と言われる。

初めて磁器を焼くことに成功したのがドレスデン近郊のマイセン。磁器大好き、だが浪費癖があって金に困っていたザクセン選帝侯兼ポーランド王のアウグスト2世が、自称錬金術師の青年ヨハン・フリードリッヒ・ベトガーを捕まえて幽閉し、何がなんでも磁器を作れと命令した。
数学者・科学者・哲学者のフォン・チルンハウスを監督として、数年かけて1709年に成功。わりと近くに原材料のカオリンがあったことも幸いした。
ベトガーは幽閉を解かれてから身を持ち崩して早死に。

磁器がこれほど手に汗握るスリリングな歴史を持っているとは。作り手だからこそ分かる細かい情報が面白い。

ドゥ・ヴァール自身の制作の回想や、書いている時点での展覧会の準備などの話も混ぜこまれている。去年ケンブリッジで見た『On White』展示も準備中。

彼は少年時代に学校帰りに陶芸家の仕事場に行って見習いさせてもらい、若くして窯を作って独立。しかし失敗し、日本に修業に行き、自分のスタイルの磁器を見つけ、やがてインスタレーション作家となっていく。控えめに書いているが、陶芸家としての彼の成長もまた困難との闘いだった。

ザクセンで磁器が生まれてからも、フランスでは磁器に似せた、しかし本質的には違うものが作られ、オランダのデルフトでは磁器を焼こうという気はなかったようで、しばらくマイセンの独壇場となる。

さてイギリスでは。当然ウェッジウッドだよね、と思っていたら、その前にプリマスで磁器製造を試みたウィリアム・クックワーシー(William Cookworthy、1705 – 1780)に多くのページが費やされる。薬局を経営して化学者だった彼がイギリスで初めて、誰にも強制されず(幽閉もされず・笑)作った磁器。しかしビジネスとしては失敗に終わり、破産、彼はその後アメリカに移住した。
ウェッジウッドも当然ながら研究熱心だったが、さらにビジネスセンスがあって、宣伝がうまかった。しっかり産業スパイも使った。抜け目ない男だ。

白い磁器の長い歴史の中にどれだけ敗者や犠牲者がいたか。
過酷な環境で長時間働いたのは景徳鎮の職工ばかりではない。 ウェッジウッドやロイヤルドルトンの里、ストーク=オン=トレントでも、10歳にも満たない子供が労働者だった時代がある。自分でも制作する者として、裏舞台も見逃さないドゥ・ヴァール。

20世紀になってからも記憶すべき動きや事件がある。社会主義の国になったソビエト連邦で、新たな磁器のデザインに挑戦したマレーヴィチから、ダッハウ強制収容所で作られたアラク(Allach)磁器、大量に作られた毛沢東の飾り額など、

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ヒムラーがヒトラーの誕生日にプレゼント。

アラク磁器は、エリート・ドイツ人にふさわしい製品を作るため、SSが運営したブランド。戦争で人材が不足し、ダッハウ収容所内の人を働かせた。選ばれた労働者は、他の肉体的重労働に苦しんだ収容者よりは生存率が高かったそうだ。可愛い犬や仔鹿から、イケメンのヒトラーユーゲント、フリードリッヒ大王の乗馬姿など、どんな気持ちで作っていたのだろう。

たしかドゥ・ヴァールの親戚にホロコーストの犠牲者がいたはず。そのへんは彼の第一作『琥珀の眼の兎』に詳しいとのことで、そのうち読みたい。

副題に、巡礼のようなもの、とあるのにふさわしく、敬虔な気持ちで訪ねた磁器の聖地。磁器にとりつかれた人間による、磁器にとりつかれた人間たちの記録。労作だ。


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